「あら、どうなさったの?そんなに疲れた顔をなさって」
「兄さま?」
社長室でその主の帰りを待っていた瀬人の弟モクバと、来訪者であるイシズ。
二人は異様な疲れ方をしている瀬人に驚きそう問いかけた。

「ん。なんだ貴様、何をしにきた」
声の張りが無い。瞼は半分まで閉じられ肩に力もない。
「・・・・先に聞いたのは私ですよ、瀬人」
「・・・・・・・」
答える気配はなく、瀬人は持っていたアタッシュケースを自分のデスクの横に置き
豪華で座り心地のよい自分の椅子に腰掛ける。

それまで、ソファに座っていたモクバは困った顔で立ち上がり、兄のもとへ足を向けた。
「兄さま、疲れてるなら仮眠室へ行きなよ」
「いや、心配はいらん・・・・」
力は先程以上に感じられず、最後を言う前に途切れてしまう。

心配が確信にかわり、モクバは兄の顔を覗きこむ。
「駄目だよ、兄さま。疲れてるならちゃんと休まないと」
「いや、しかしまだ仕事が・・・・」
「それならオレが出来る範囲でやっとくよ、だから・・・」
しなやかに瀬人のもとへ来たイシズは、モクバとは反対の方で立ち止まった。
「そうです。モクバもこう言ってるではないですか。私の用事も明日でも構いませんし」
琥珀色できめの細かい、うつくしい肌のイシズの手は瀬人の肩に置かれた。
「・・・・兄さま」
「瀬人?」

「・・・・わかった。そうするとしよう」
二人にそう攻められ、漸く開いた口からは、もう反論する力もないのか以外にも素直な言葉であった。



ゆらりと立ち上がり、何とか自力で仮眠室に消えていく瀬人を二人は見つめ、肩を竦め、苦く笑いあった。
モクバは溜息を漏らし、一呼吸置き、先程の笑顔で。
「ごめんね、イシズ。折角きてもらったのに」
「いいえ。構いませんよ、モクバ」
柔らかく笑うその顔に、モクバは安堵の息を漏らした。
「それでは、私は御暇させてもらいますわ。また明日伺います」
「あっ・・・・、お願いがあるんだ」
「何でしょう?」









薄い暗闇が支配し、微かな灯りがともされている部屋。
そのほぼ中央にはキングサイズのベット、清潔感漂う白の寝具。その上に瀬人は、投げるように身体を沈めた。

明日起きてからしなくてはいけない事を頭の中で整理し終え、やっと眠るかと思った頃。
低い音を立てて開いたドアのその向こう、背に光があたってもその姿は確認できた。
長い漆黒色の髪と琥珀の色の肌の女の姿を。


「あら?・・・もう寝てしまいました?」
少し、控えめに発せられた。ドアを静かに閉められ、極力足音をたたせないでベットの方へ向かった。
彼は溢れるように広がる眠気に耐え、閉じかけの瞼を開き、半身を起こした。
「・・・何の用だ」
その声色は普段よりも幾ばかりか不機嫌で、音程が常より低かった。
「別に、特に大した用事はありませんわ」
「・・・・なら、なぜここに来た」
「しいて言えば、モクバにお願いされたからでしょうか?」
「何?」
「・・・・そんな怖い顔なさらないで」
「貴様・・・」
そういうと、瀬人は呆れたように肩を竦め、いまだ溢れる続ける睡魔に身を委ねようとした。
イシズは薄く笑い、瀬人の横、褥の空いている場所を見つけ腰掛けた。イシズが座ったところは軽く沈んだ。


「それで、どうなさったの?」
彼を引き戻すようにイシズは、再び声をかける。
「・・・・何がだ」
「貴方がそんなに疲れてしまう理由です。今日は普通の商談だとモクバから聞きましたけれど?」
「・・・・・・・」
不機嫌な顔はそのままで、彼は口をあけることも無く、黙ってしまった。
そして流れるのは静かな沈黙。

暫しの沈黙を破ったのはイシズの声であった。
「・・・・瀬人?」
心配の色の加わったその声色と見えない表情。
そして、掛けられた布から出ていた瀬人の手に触れる滑らかな手の感触。それらは、何かを促すようで。

「・・・・ふん。どこで調べたかは知らんが、最近多いのだ」
諦めたように開かれた唇に乗せられるのは、疲労感の含まれた声。
そして応対する声も、それを心配したようなもの。
「・・・何がです?」
「縁談だ。つまり、この俺に見合いをさせようとな・・・・」
「お見合いですか・・・・・・、それで貴方はなんと?」
「答えるまでもない。だからこうして疲れているではないか」
「まあ、片っ端からお断りになっているのね」
言い切るとイシズは控えめに笑う。愉快だと、哀れだと。
そして言葉を続ける。

「一度、お受けになってみてはどうですか?」
「貴様・・・。老いぼれ共も同じことを言うな」
「まあ、そうなのですか?」
「・・・・・それにだ、貴様はそれでもいいとでも言うのか?」
意外な言葉にイシズは少しだけ驚き、考えを巡らす。そして見つけたものは二つの気持ち。
その話で彼をからかうことは楽しいけれど、色々と面白いことではないと・・・。

「そうですわね・・・・・。それは少し面白くはありませんわね」
瀬人はそれみたことか、と言うかのようにフン、と鼻を鳴らす。それを耳にしたイシズは苦笑を漏らす。
「でも、貴方の年くらいの健全な男性はそういうことに興味を持つのでしょう?」
「・・・・・・・馬鹿な事を言う」
「あら、貴方は何人かの異性の方とお付き合いしたいとは思いませんの?」
「答える意味はなかろう」
そう吐き捨てられた言葉に、何度目かの苦笑を漏らすイシズ。
「意味も何も、という気は致しますが・・・」
彼女はそう呟きながら、その琥珀の肌の細い手が褥に敷かれた白い布を流れる。
目的は病的に白く筋張っている、瀬人の手。
やがて、二つの手は絡まるように触れる。

そして薄闇の中、軽やかに笑う声が部屋の中に響く。彼はそれに過剰に感応し、不機嫌だと訴える。
「・・・フン。何が言いたい」
「ふふふ、・・・いえ随分と可愛らしい態度ですからつい」
「その生意気な言葉を発する元を塞いでやろうか」
「遠慮しますわ・・・それにお疲れでしょう?」

絡んだ指から逃れたイシズの細い手ともう片方の手は胸ほどにしかかかっていないシーツを掴む。
そして彼女の指を逃してしまった手は行き場をなくし、仕方がないというように動く、軽く腕を組むような形で。その身体を布と布に挟まれ、包まれて、再び溢れ始める。
穏やかに笑いながらイシズはシーツをかける。それを睨むような視線を向ける彼を軽く無視をして。
ふと、イシズ視界の隅に映った、淡く白い光を。閉まりきっていないカーテンの隙間から覗く。

「あら・・・」
そう声を漏らすとゆっくりと窓辺に近づいた。その歩みは密かに眠ろうとする瀬人を気遣って、極力静かに。
「・・・月が綺麗ですよ」
イシズは暫くその美しい月に魅入ってしまった。気が付いた頃には、密やかな寝息が耳を刺激していた。
そして、音を漏らさずに彼女は笑い、カーテンを掴んでそれを引いた。




〈 END 〉 ----04/02/03


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